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裏安全圏内の過保護・過干渉

表社会があれば、必ず密接して裏社会が存在する。云えば、表の顔と裏の顔である。
事実、表社会では、「安全圏内」を明確にしている人、崩壊している人など、様々な環境が存在しています。裏社会の環境はいかがな物でしょうが。

ここでいう裏社会とはいったい何を指すのでしょう。一言で「家庭内」を意味する。
表社会に従属しながら各家庭の治外法権・身分差別が認められているのです。
しかし、裕福。平和、安心社会によって、掻い摘みの好い所取りを強制する理不尽な独裁親権を生んでいないでしょうか。

「良い大学に入って、良い企業に入って」という幻覚の支配下に置かれたことはありませんか。また、親の思うような結果がでないとき「やる気があるのか」「恥ずかしい」など追い討ちをかけられたことはありませんか。また、比較されたことはありませんか。
私は記憶として鮮明に残っている。

いつしか「いい子」の仮面を手探りで見つけ、自分でない自分のポジションを確立し始めるのです。
それは、親から褒めて貰いたいのではなく、窮屈な「こころ」と締め付けられる「脳」から逃げるためです。経験豊富なら向き合うことも可能でしょうが未熟で支配下に置かれている以上、唯一の活きる方法として「いい子」を演じるのです。

また、両親の領土争いが加われば、お互い独自の可愛がりが始まり、矢の先に火を点け弓を引くのです。その矢には、「俺のように」「私のように」と書かれており、支配下である「いい子」に向かってくるのです。その度、活きるために、状況に応じた仮面を用意するのです。

一方では、表社会で「中の上」以上の地位を確立し、評判も良い両親による愛情の支配があるのも事実です。一見、順風満帆でお互いを認め合っているようにも見えるのですが、徐々に支配し、言い出せない環境を作り上げていくのです。
仮に何かを訴えたとしても、尊敬に値する親の理論的な判りやすい会話に、成すすべも無く納得するのです。

確かに正論ではあるのだが、実際に正論は無数にあり、どの正論の道を選択するのかが重要であるが、支配下でもあり、未熟でもあるが故に尊敬する親の暗示に掛かっているのです。いつしか、「そこまで、いい子ではない」と、真の自分に気づくのです。
同時に尊敬する親にどのように言い出せば良いのか判らない自分と本当に姿を認めて欲しい自分に出会うのです。

そして、あの手この手と「脳」で暗示を解こうとするのです。すればするほど、尊敬を裏切りたくない「こころ」を困惑させるのです。互いに相反する活動によって、今迄以上に前に進めなくなり、ついには投げやりになるときがくるのです。

あなたは、前者の親。後者の親ですか。また、どちらの「いい子」ですか。

互いに共通しているのは、未熟な我が子の自主的チャレンジ精神を奪い、親のテリトリに置き、全ての安全確認を行い、そして、舗装した道を歩かせようとしているのです。
これは、我が子を見ずに、世間体を気にしているからである。

この親の子が鏡の前に立てば、映っているのは子の姿ではなく、常に親の姿が映っている。世間体を見て、散々舗装した道を歩かせておきながら、ある年齢に達すると自立を促せられた子は、突然、、自分の姿が映っている鏡を見て、きっと戸惑うときがくるでしょう。そして、数々の不安から何かに依存し、抑えることが出来ずに徐々に”うつ”に近づいていくでしょう。

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安全圏内の崩壊が自分自身のSOS

一歩、外にでると楽しいことばかりではありません。嫌な事もあれば、迷う事もあります。もちろん、不安、危険など様々ですが、「なぜ」、外の世界と何らかのつながりを持って生活することができるのでしょうか。

それは、自分自身の癒しの世界である「安全圏内」を持っているからです。

多くの方の安全圏内といえば、家族や親友、尊敬している人との会話になると思います。この安全圏内があるからこそ、外にでたときに様々な人間模様に対して「こころ」で感じ「脳」で処理をする健全・健康な活動が行えるのです。また、思い出して「笑う」「苛立つ」などを、その日に処理できるのです。

では、「安全圏内」とは、いったいどのようなことをする場所なのでしょうか。

1週間ぐらいのなかで、いくつかの「満足」「不満足」などの様々な出来事を客観的に振り返り、納得いく結果がでたときの「なぜ」や納得いかない結果がでたときの「なぜ」を自分の将来の肥やしにするために、モニタリングをする場所・時間なのです。

毎日、行いますと「脳」にかける負荷が高くなりますので、最初は、週に1、2回で良いのではないでしょうか。それ以外は、趣味を楽しみ有意義な時間に徹した方が良いと思われます。

しかし、現実はどうでしょうか。

私も含め、実は知らず知らずのうちに、毎日、モニタリングをしている人が多いことをご存知ですか。家族や友人などに外での出来事を話していると思いますが、このモニタリングにはいくつかの不備があるのです。

1つ目は、主観的な会話の仕方から客観的な会話になっていないために、着地点がなくエンドレスになってしまっている。
2つ目は、主観的な会話の「なぜ」が欲望の「なぜ」になっているために、誹謗・中傷の否定的会話がエンドレスになってしまっている。

その結果、利己的主義な欲望の処理が優先され、全体像を含んだ利他的主義な処理がされなくなっていきます。安全圏内ぐらいという方が居られると思いますが、人の「こころ」と「脳」は、日々、積み重ねた時間と「イコール(=)」の活動を行います。
いつの間にか、「脳」が誹謗・中傷の処理を行い、「こころ」が否定的な活動を身に付けているのです。これは、「負の視野」を養っているのです。

また、「外の自分」と「安全圏内の自分」の境界線を曖昧にすることによって、生活リズムが狂ってきます。仕事の持ち帰り、借金の取立て、迷惑電話・メールなども同様に生活リズムを狂わします。

このように、「安全圏内」が曖昧になるほど、「安全圏内」の崩壊に繋がり、自分自身の崩壊にも繋がります。そして、窮屈な場所・時間の使い方が、「こころ」・「脳」のどちらかに偏らせることで”うつ”に近づけるのです。

疲れや娯楽・学びなど自分たちを調整する場所でもあり、磨く場所でもあります。外の世界を持ち込むのは明るい世界だけにして、ゆとりのある安全圏内の維持に徹することが賢明ではないでしょうか。

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皆さんがうつの対象者

”うつ”に出会う人の条件として、責任感が強い・真面目・孤独などが上げられます。
本当にそうでしょうか。

皆さん、ご自身の過去を振り返って見てください。

責任を感じたり、真面目に取り組んだり、孤独・孤立を感じたりしたときがない、という人はいますか。ちなみに、私は、全て経験したことがあります。
皆さんも大なり小なり経験があるはずです。
そもそも、強いや弱いなどで比べることが偏見であり、何らかの点数稼ぎが生まれているのではないでしょうか。

それぞれ、人の解釈は違うはずです。
当然、違えば物事のスタート地点や着眼点・着地点は違います。また、優先順位も違うはずです。千差万別・十人十色の人間模様によって生まれた”うつ”を、このように固定することは、非情に危険にさらされているとしか思えません。

”うつ”に出会う人の条件は、『生活している限り隣り合わせ』ということです。

人間関係・仕事・借金・病気など、きりがないくらい”うつ”になる要素は社会のなかに渦巻いています。それは、あなたがどんなに清く正しく生活をしていても

「見た目で作られるイメージ」「人と比較される評価」
「人と比較する欲望」「理不尽な欲望」

など、様々な人間模様が出現してくるからです。また、社会問題などの暗い情報が憂うつな気分に落とし込んでくれるのも、その一つではないでしょうか。

ですから、『生活している限り隣り合わせ』なのです。
全ての人、皆さんが”うつ”の対象者なのです。
ただ、”うつ”に近い人と遠い人がいるのではないかなと思っています。

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「忘れる」ことは人磨きに最適

本日のブログ記事①   『現代社会への警鐘』 こちらも、宜しくお願いします。
本日のブログ記事②   『「忘れる」ことは人磨きに最適』 こちらも、宜しくお願いします。

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先日、子供の個人懇談にいったとき、「忘れ物」の多さ、「整理整頓」を指摘された。約20分間、「忘れ物」が中心だった。小学生のお子さんがいらっしゃる方には、この約20分間が長いか短いか、理解できると思いますが・・・。とにかく、長い。

『私とベテラン先生の懇談』
○宿題の忘れ・手紙・プリントなど

「一般的結論:「整理整頓」ができないことから「忘れ物」が増える。」

[例1:宿題]
宿題をやっていないから「忘れ物」。宿題を持って行っていないから「忘れ物」。
これは、聞いたときがある。もちろん、私自身も経験はある。
しかし、出し忘れの「忘れ物」は聞いたときがない。

[例2:歯磨き]
朝ご飯を食べて、歯磨き、「行ってきます」が本来の姿。しかし、ほぼ、毎回、この姿から歯磨きが消えている。だから、毎朝、同じことを言っている。

先生の結論:これは、6年生まで続くでしょう。長い目で見ていきましょう。

私の結論:目的意識が芽生えれば変わっていくだろう。そのために、早いうちに痛い目を見るのもよし。「忘れ物」をどのように補えば良いのか出会うのもよし。本気でやりたいことに夢中になるのもよし。「忘れ物」に対して細かいこと言わずに「待つ」だけ。

【私の解釈】
子供であろうが、大人であろうが、「忘れ物」や「忘れること」はある。一種一芸のように、一つのことに全力を注げば、物理的に必要な物は絶対に忘れなくなる。忘れる・忘れないではなく、それが無いことには始まらないからである。これが、私のいう「目的意識」や「本気でやりたいこと」である。
それだけ、大事な物でもあるのだから、置く場所も同じになる。その結果、自然に整理整頓が可能になってくる。

しかし、私たちの生活は一種一芸とはいかない。あれも、これも、と、物理的にも、人間模様としてもやることがたくさんある。どんなに計画をたてても、その通りにいく確立の方が低い。1,2日目がうまく行っても、数日で「忘れ物」や「忘れること」はある。

人の本来の姿でもあり、許容範囲の中に含まれていなければいけない。

子供社会より大人社会の方がやる事、考える事が多いのだから、突然「忘れる」こともあるので、そんなに大きく捉える必要はないはずである。
ただし、大人のプライドをくすぐる考え方をすれば、深みにはまり苛立ち、焦り、思い出すのに時間がかかる。よく、忘れた頃に出てくることがある。これこそ、深みにはまり思い出せなくなった証拠でもある。
だから、どのように補うのか考えるように癖づけると良いのである。

【私の対策】
あるときから、私自身の「脳」の中にある先入観を変え、新しい考え方を癖づけた。

ある師(私が勝手に思っている人)の一言
『日本語の解釈を間違えれば、出てくる結果はおかしい結果が出てくる。結果は、ウソをつかない』

「忘れる」を指摘される光景を浮かべてみてください。このとき、一番、「忘れる」に執着している人は誰ですか。あなたではなく、相手ではないですか。あなたは、攻められることからの「防御」と「気遣い」の姿ではないですか。
日本語として「忘れる」があるのは、人と人の人間模様の仲介をする用語であり、中性詞ということになります。

本来、個人的に使う言葉ではなく、先人によって先入観を持ってしまった言葉である。個人でいえば、「関心が薄い・無い」「興味が薄い・無い」「強く意識し過ぎる」「集中力が高すぎる」ことなどの姿によって生まれているので、「忘れる」という姿とは違うはずです。

このように、考えるようになってから、目的を明確にすることができ、明確になったものから整理し、処理するようになりました。先にも述べたように一種一芸ではなくても、シンプルに同じ行動が取れるようになり置き方・やり方が徐々に安定してきました。
繰り返し続けることで少しずつ変化します。

また、このようなことにも気づきました。
「関心・興味」というのは、感情ですので「こころ」なのです。
「意識・集中力」というのは、処理された行動ですので「脳」なのです。

カテゴリー”うつ”の記事でもお伝えしているように、
「こころ」と「脳」の活動が偏らないことが健全・健康な活動を生み、信用・信頼の安定感のある姿を積み重ねるのです。

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現代社会への警鐘

現代社会の”うつ”というのは、とにかく「こころ」の病だと言われています。
そして、専門家や評論家、キャスターなどが特集番組などを使い、社会に対して警鐘してきたと思います。しかし、現実は、”うつ”という言葉だけが先行しているではないですか。

どんなに事実に近いことを、専門家や評論家などの皆さんがメディアを使って伝えたとしても、「こころ」という言葉だけを使っているようでは、”うつ”の減少へと向かうとは思えません。
同じ警鐘するのであれば、多くの皆さんが共通認識しているであろうと思われる言葉や知識を使って伝えなければ、伝わるものも伝わらないのではないでしょうか。

このまま、固執して”こころ”と言い続けると、一段と右肩上がりで”うつ”は増えていく傾向にあると思います。

「地震」と「脳」を使って”うつ”を描いてきました。「脳」で起こっている現象のイメージとしては、理解していただけたのではないでしょうか。

私は「”うつ”=脳」の考え方が多くの人には判りやすいと思っています。

では、「こころ」は無関係かといえば、そうではないのです。「こころ」と「脳」が行き来するときの姿はどうでしょうか。
「こころ=感情」と「脳=処理能力」が人として健全・健康の行き来する関係ではないでしょうか。憂うつ(感情)なときに気分転換をしたときありませんか。そして、どのように(処理能力)気分転換しようかと考えたときはありませんか。

この、関係が適切に処理されている状態が健全・健康なのですが、処理できなくなったとき、「こころ=憂うつ」が「脳=”うつ”」の状態を生むのです。
ですから、「こころ」だけに投げかけ「脳」に触れないことは”うつ”を長引かせるだけなのです。結果、自分で自分を追い込み、最悪事態も生むのです。

無理しない方が、「こころ」と「脳」の健全・健康な生活を送れると思います。
「1.xls」をダウンロード (うつの姿-どんな姿-[読み取り専用]で「こころ」と「脳」の関係を図にしてみました。ご参照ください)

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こころの崩壊

実際には、”うつ”に関係なく眠れないというのは、全ての人が出会っている世界ではないでしょうか。そう、誰でも1度は出会っているのです。
あなたも。あなたも、です。

思い出して「笑う」、「苛立つ」などの経験をされたことがありませんか。
全く同じようにスクリーンに映写されているはずなのです。

では、「なぜ」思い出して「笑う」、「苛立つ」などの映像と、大きなスクリーンに映し出される映像では、何が違うのでしょうか。

これは、大変大事なことだと思っています。

思い出して「笑う」、「苛立つ」というのは、「こころ」が反応しているのです。
自分自身の全体像のいくつかの出来事を比較して、その時、その日に処理することができる映像こそ「こころの姿」ではないでしょうか。

おおきなスクリーンに映像が映し出されるというのは、「脳」が反応しているのです。
自分自身の全体像のいくつかの出来事を比較することができずに、1つのできごとだけに執着している映像こそ「脳の姿」ではないでしょうか。

皆さんは、”うつ”に関係なく1日の生活のなかで「脳の姿」に出会っているのです。
「こころ」と「脳」を常に行き来しているからこそ、多くの人間模様が誕生するのです。この活動こそ健全・健康を意味し、豊かな生活を送れるのです。

しかし、何かをきっかけに「こころ」の出会いが減っていくのです。この減った分を補うかのように、徐々に「脳」が反応していくのです。次第に、「こころ」の空き容量が増え、「脳」の空き容量が減り続けることによって処理能力が低下していきます。

その結果、「脳」のプログラムが同じところを動くため、リラックスすることができないのです。この活動が睡眠時間を減らすのです。
そして徐々に、「こころ」から豊かな感情を奪い、「脳」にプレッシャーをかけだすのです。
この状態が”うつ”です。

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眠ることが許されない、うつ

脳内部で起こる、境界部の圧力が夜な夜な続くことで脳を刺激し続けています。
寝る間も惜しむように活動する地震が、脳を癒すことなく睡眠を妨げているのです。
眠れない苛立ちが”うつ”への不安をあおるのです。
気がつけば深みにはまり時間が逆転しています。

睡眠、妨げのイメージ

大きな部屋(寝室)の明かりを暗くしたことで、小さな部屋(脳)に大きなスクリーンが誕生するのです。そのスクリーンには”うつ”のきっかけや追い込まれている姿など、個人の思い込みによる映像が映しだされるのです。その明かりが眠気を妨げ、現実へと呼び戻すのです。

自分の意図に反する行動ですので、気がつけば映像に夢中になっているのです。たまに、我に返り映像を映す明かりを消すために「OFF」のスイッチを探すのですが、見つからない苛立ちからくる「焦るプレート」と、眠れない苛立ちからくる「焦るプレート」が、互いに刺激しあうことで一段と睡眠の妨げをするのです。

結果、睡眠時間の逆転現象につながります。また、生活を維持するために昼間も活動されている人は、症状の悪化を避けて通ることはできません。

意図に反して思い込み、何かに取り付かれたかのように執着しているような状態は”うつ”です。

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うつの脳内地震

私が受けた「脳内地震」の震源地は前頭葉プレートと側頭葉プレート間の境界部に力が加わったために、歪み、歪みきって限界点を超えたものでした。

脳内部から外部に向かって破裂しそうな勢いで、本当に、言葉に表せないほどの激痛でした。破裂しそうな勢いを手のひらで力いっぱい側頭部から額にかけて覆い被せ、歯が欠けるぐらい食いしばり、何十回、何百回、のたうち回ったことでしょう。

激痛から開放されたときは、横たわった状態で「はぁー。はぁー。」と声にもならない呼吸を繰り返し、何かを失ったような悲壮感や脱力感でいっぱいでした。

また、「脳内余震」も何十回、何百回、味わったか判りません。そのたびに、何かから逃げるかのようにウロウロして、どこか遠くにいってしまいたい欲望にかられていました。
「脳内余震」は「脳内地震」を感知する数ヶ月前や数年前から発生しているのです。

「受け入れることのできない、うつ」でもいったように、人としての判断力が鈍っているため、あれこれ理由をつけて「脳内余震」を軽くみているのです。
「余震、余震、激震」
このような状態が意図に反して何回も続く姿は”うつ”です。

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うつのイメージ

地震というのは、どのようにして発生しているのでしょう。

簡単に説明させていただきます。

地上から奥深い所にあるプレート間の境界に力が加わり歪みが限界点を超えたときに発生する揺れこそ「地震」なのです。よく、「余震」という言葉を聞くと思います。あれは、限界点を超えたから発生しているのではないのです。限界点を超える前から地下では、たくさんの余震が発生しているのです。

”地震”のイメージ

①プロ野球で優勝をすれば瓶ビールで祝います。上下に振って他の選手の頭にかけているシーンを毎年みかけます。瓶ビールを選手にかけずに親指で押さえている状態をイメージしてみてください。瓶ビールの中では、押さえつける親指プレートと噴き出そうとする炭酸プレートの境界部が出来上がります。このとき、限界を超え四方八方に押し出そうとする圧力を親指プレートが開放した姿が地震です。

②「北斗の拳」という番組を見たことがありますか。悪役がケンシロウに秘孔(ひこう)を突かれて「ひぃっsign03 ひぃっsign03 ひでぶぅsign04sign04 」と叫び、頭が破裂するシーンも地震が起こったときと同じ姿です。(北斗の拳をご存知ない方、誠に申し訳ありません)

この地震が頭の中で繰り返し行われている状態こそ”うつ”なのです。

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地震とうつ

”うつ”とは、自然界の災害にあたる「地震」と同じです。

突然の揺れを足の裏が感知した瞬間に、脳に伝えられることで「地震」がきたことを知るようになります。また、揺れがどのくらいの揺れなのかを知ろうとしている姿を見たことがありませんか。そして、体感する揺れの大きさで地震対策が検討されているのではないでしょうか。

これは、地震に対する適切な知識や豊富な経験があるがゆえに、緊張感と冷静な判断が脳でバランスよく処理されているから出来る行動ではないでしょうか。
(「中国四川省大地震」「岩手・宮城内陸地震」などの大地震のときでも、知識と経験がバランスよく処理し、危険に対する状況判断を強く意識させていると思います。)

”うつ”のときはどうでしょう。

突然、頭に激痛を感じます。激痛は脳内部から起こっています。それも、無意識に痛みを感じるのです。
ナイフやカッターなどのように、知識・経験がありながら、ちょっとした不注意によって感じる痛みとは、また、違う痛みなのです。

脳内部では地震と同じように激しい揺れに襲われていると思ってください。この、揺れに対して適切な知識がないことが、脳の処理能力を低下させているのです。または、処理不能にさせているのです。

この状態こそ”うつ”なのです。

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受け入れることのできない、うつ

知られているようで知られていない”うつ”。

多くの方が「言葉は知っている」「何となくしっている」と、いうのが現状ではないでしょうか。また、「甘えているだけだ」「気が弱すぎる」など、様々な偏見を耳にしたことはないでしょうか。

職場で一緒に仕事をしていた先輩が”うつ”になりましたので、私は知っているつもりでした・・・。しかし、結果的には、「言葉は知っている」という人の1人でした。診断書がでたときは、さすがに落ち込みました。涙もでてきました。同時に、怖さもありました。

”うつ”に関係なく、体調が悪そうだなと思えば、周囲からは「病院に行った方がいいよ」「無理しない方がいいよ」など数々の気にする声をかける姿やかけられる姿を目にしたときがあると思います。しかし、”うつ”状態のときは聞いているようで聞いていないのです。

どんなに声をかけても頭のなかでは、「偏見な言葉に過敏に反応している自分自身」「疲れているだけで自分は大丈夫と思い込んでいる使命感や責任感」「どんな言葉でも全てを奪おうとしていると思い込んでいる疑心暗鬼」など、とにかく自分自身が偏った思い込みをしているのです。この思い込みが、既に、人としての判断力を鈍くしていることに気がついていないのです。

いろいろな意味、本当に危険と隣り合わせにいるのです。
だからこそ、多くの人に”うつ”を知っていただきたいのです。

応援よろしくお願いします。

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社会現象-5

”うつ”にたどりつくだけでも1ヵ月ぐらいかかりました。
「はい。そうですか。」と簡単に理解できる病気ではないのです。”うつ”を知っていると思っていた本人ですら、全く気がつきませんでした。また、その「対象方法」を知っているはずがないのです。

診断書の出た本人が対初方法に苦しんでいるのですから、企業側の「大丈夫」というのは、裏を返せば「企業として、法的に反することを強制していませんので大丈夫です」と答えているように感じます。

また、”こころ”の病気と専門家やマスコミ(番組)によって伝えられていますが、”こころ”だけでいっていることが早期発見できない理由だと、今は、思っています。
よく考えてみると、”こころ”の病気というと、曖昧で広すぎるために非常に判りづらい。
また、自分自身、どのように向き合えばいいのかイメージがわきません。

”こころ”の病気としてではなく、何かイメージしやすい形や姿で考えることができるようになれば、早期発見が可能ではないでしょうか。また、個人でも対処ができるのではないでしょうか。これが、より可能な方に近づくことにより、その他の精神的病気なども理解できるようになるのではないでしょうか。

次回から カテゴリー:「うつ」の姿-どんな姿-」を表現したいと思っています。

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社会現象-4

あるとき、こういう話しを耳にしました。
「プログラマーの業界では”うつ”によって、社員の3割が職場の異動。3割が退社。3割が社会復帰できなくなる。または、自殺」
(実際の調査結果なのかは判りません。御理解ください)

時代が時代なだけに、企業のなかで”うつ”による休職者や通院者がいるのは仕方がないのかもしれませんが、せめて、”うつ”に対して、「どういう状態が”うつ”なの」「”うつ”になればどのように対処する」など、知っておくべきではないでしょうか。
仮に、企業に問い合わせをしたところで「”うつ”の対処方法は大丈夫」と返ってくるでしょう。私からみれば、「勘違いをしている」としか思えないのですが・・・。

それは、私自身、最初に言われたのは
「1度、MRI検査でもしてきた方がいい」でしたから。脳神経外科に行き検査を受けました。何も問題がなく。紹介されたところが神経内科。再び別の日に行き、問題がなく。紹介されたところが心療内科でした。再び別の日に行き、そこで初めて「うつ病」という診断がされました。それが、5年前のことです。

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社会現象-3

ずいぶん前のことになりますが、約15人に1人が”うつ”であると新聞に出ていました。

このような記事をみると、私は、「そうか。そうか。」と、違った角度から情報としてとらえています。この中には、病院にいっていない人、行きたくない人、まだ、気づいていない人がいるから、約8~10人に1人が”うつ”か、と・・・。

特に10代の人たちの登校拒否や自殺などは、人間模様ばかりに目を向けられがちですが、私から見れば、”うつ”と判断されたか、されないか、というだけで真の要因は同じところにあると、勝手にとらえています。

と、いうのは、”うつ”を表現する手段である人間模様はたくさんありますが、真の要因は共通したところにあるからです。
人間模様で判断されがちな”うつ”は知られているようで知られていません。
また、「気配り・心配り」のできない人の偏見が、徐々に”うつ”を増やしているのだろうと感じています。
このような人たちでも、私から見れば、「いや、あなた、”うつ”の入り口に立っていますよ。」と思える人もいます。

気がつかないものです。

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社会現象-2

先月、新聞に「07年自殺者33,093人、過去2番目」と書かれていました。

2003年の34,427人が最多。10年連続で3万人を超えた。
年代別で60歳以上と30歳代が過去最多。

働き盛り、数年後の社会にとって必要な30歳代が最多というのは、「どんな国、どんな社会、どんな企業」と思ってしまうのは私だけでしょうか。
ちなみに、私、30歳代(未遂経験有)。父・母60歳代。ひょっとすると、時代の変わり目なのかもしれません。住み心地・経済・狂乱な事件・偽装など、数々の歪みが未来より今日、今を生きる社会に追い込んでいるのでしょう。

自殺の原因・動機別では「うつ病」が約18%に当たる6,060人に上り最多。
その他は「多重債務・倒産・仕事の疲れ・職場の人間関係・いじめ」など。
人間模様として考えれば原因・動機が違うから別として考えることは正しい考え方なのかも知れませんが、真の原因・動機として考えると「追い込まれている」という点においては共通しているのではないでしょうか。

それは、”うつ”も同じことが言えます。適切な”うつ”の情報を知ることで、「生きる糸口」が明確に見つかります。きっと見つかるはずです。
どの原因・動機に対しても、糸口の足しにはなります。

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社会現象-1

早い。本当に早いです。”うつ”の診断がされてから、早6年目です。
診断書が出た頃を思い出すことは、結構、勇気がいります。
再び、何かが襲うわけでもないにも関わらず、変な神経痛を感じています。

私自身のなかでよほど消したい過去なのかなと思ってしまいます。

今、思えば、”うつ”の適切な情報を社会全体が知らなかった時代だったようなきがします。その結果、私を含め多くの人が職場を去るということにつながったと思います。

なぜなら、私の勤め先では診断書を出して休職することになった社員は、私が初めてではなかったからです。知っているだけでも、休職者は既に2人いました。また、薬で安定させて仕事をしている社員が10人近くいました。退社後の情報では2人が休職、2人が職場の異動をしていました。

こういった現状を皆さんはどう感じられますか。

これは、私が勤めていた職場だけの事ではないはずです。また、未だに”うつ”と診断されている人が増え続けているということは、適切な情報が伝わっていないからではないでしょうか。

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