教育

二人三脚の親子劇場

ボス(私の親60代)・私(30代)・神(カミさん30代)・息子(8歳)・娘(5歳)の親子のの道。

学童に通っている息子eye 夏休みsun 満喫しているsmile

しかし、誰かが宿題sign02 してくれると思っているようだsign03

最近、学童でしてこない息子eye 神thunderお怒りthunder だpunch

毎日、「学童、辞めなさいbomb 明日から行かなくてもいいbomb 」

毎日、泣く息子・・・crying。(懲りない息子crying

一時、神に任せてから私の登場scissors

神が怒っているから私は怒らない。(どちらも怒らないのがルール

鼻水たらす息子eye 横について勉強開始down

見れば、感じを書くだけの宿題down ガックリcoldsweats02 (ノート一冊。登校日に提出)

決して字は上手ではないimpact (一生懸命書いていればOK)

教科書をよく見て、ゆっくり書かしている。

しかし、私の声down 低さdown かなり怖がっているwobbly (また、涙sweat02・・・)

だから、私も必死sweat01 冗談sweat01 混ぜながら進めていく。(本題からは一切離れない)

例えば、「貝」という漢字が書き直しと思えば、

「はい。やり直し。「貝」これは何と読む。」

息子「かい」

「いや、いやぁー。この「かい」のアサリは食べれないよ。曲がり過ぎだろう。この「かい」は獲った時には死んでいるよ。じゃぁ、今度からアサリ獲ったら、君はこういうアサリを食べる担当ね」

息子「ゲェー。嫌だ。」

「なら、食べれる「かい」を書いてください。よく見て、ゆっくり、丁寧に。」

こんな会話をしながら、1時間半ぐらいかけて、3ページのノルマを終えたのでした。

応援宜しくお願いします。
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無差別事件、相次ぎ発生

「だれでもよかった」無差別の連鎖、秋葉原以来すでに7件

[記事]
東京・八王子の駅ビルでは女性店員が殺害され、神奈川県平塚市のJR平塚駅では7人が切りつけられるなど、先月8日の東京・秋葉原の無差別殺傷事件以降、少なくとも7件の事件が発生した。
 「だれでもよかった」「うっぷんを晴らしたかった」。容疑者たちの供述がよく似ているのも特徴だ。
続きは→ http://news.nifty.com/cs/topics/detail/080729046298/1.htm
(@nifty ニュースより)

毎日、事件が起こっている。
怒られるかもしれないが、ここまでくると、誰も止めれないのでは・・・。
何が原因・動機か知ったところでどうなるものでもなさそうだ・・・。

嫌なこと、苦しいことは、『 付き物 』である。
世の中楽しいことばかりでない。嫌なこと、苦しいことを乗り越えることがあるから、楽しいと感じるのではないか。活きる世界には付属されていたはず。だから『 付き物 』

しかし、今は『 憑き物 』である。

嫌なこと、苦しいことに執着している。いかに、乗り切る、活きる、生きることを考えることができない。
自分で自分を満たすのではなく、満たしてもらう。
描いている世界が手に入らなければ、足を引っ張る、もう駄目だ、などと考える習慣。
だから、『 憑き物 』で良いような気がする。

このような人間模様が根底にあるのでは・・・

誰かに教えてもらう=答えを教えてもらう。

「蛙の子は、蛙」

私も、親である。子供みてて思う。
似てるな~。思わず、笑っている。だからといって答えは教えない主義。

親が悪い、大人が悪い、社会が悪いというのは簡単だが、それは、答えでもなければ、解決策でもない。

人として、考え続けるしかなさそうだ・・・。

応援宜しくお願いします
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『危険区域』 未来の日本

来日するインドネシア人は現場に出る前に半年間、日本語の訓練。その後、現場に出て働く。看護師は3年。介護士は4年。その間に、国家試験に合格しないといけない。
それも、日本語で試験を受けないといけない。駄目なら、即、帰国。

まるで、インドネシアの救済に見せかけ、日本の救済処置である。
本気で日本人が歩みより片言でも英会話ができるようになるべきである。

少子高齢化で今以上に不足することは間違いない。
また、今以上に看病・介護疲れによる事件が多発する時代の可能性も疑えない。
今こそ、英会話教室・英会話スクールに通い片言英語でも身に付けるべきである。

インドネシア人を頼るしかない未来の日本は、英語の試験で受けてもらえる環境作りが急務であることを理解すべきである。
英才教育に力を入れても高齢化は待ってくれない。
看病・介護の時間に追われるのは大人・親である。

今こそ、英会話スクール・英会話教室に。
そして、未来の私たちを。未来の子供たちを。未来の選択を・・・私たち親が考えるとき。

応援して頂けると有り難いのですが

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「忘れる」ことは人磨きに最適

本日のブログ記事①   『現代社会への警鐘』 こちらも、宜しくお願いします。
本日のブログ記事②   『「忘れる」ことは人磨きに最適』 こちらも、宜しくお願いします。

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先日、子供の個人懇談にいったとき、「忘れ物」の多さ、「整理整頓」を指摘された。約20分間、「忘れ物」が中心だった。小学生のお子さんがいらっしゃる方には、この約20分間が長いか短いか、理解できると思いますが・・・。とにかく、長い。

『私とベテラン先生の懇談』
○宿題の忘れ・手紙・プリントなど

「一般的結論:「整理整頓」ができないことから「忘れ物」が増える。」

[例1:宿題]
宿題をやっていないから「忘れ物」。宿題を持って行っていないから「忘れ物」。
これは、聞いたときがある。もちろん、私自身も経験はある。
しかし、出し忘れの「忘れ物」は聞いたときがない。

[例2:歯磨き]
朝ご飯を食べて、歯磨き、「行ってきます」が本来の姿。しかし、ほぼ、毎回、この姿から歯磨きが消えている。だから、毎朝、同じことを言っている。

先生の結論:これは、6年生まで続くでしょう。長い目で見ていきましょう。

私の結論:目的意識が芽生えれば変わっていくだろう。そのために、早いうちに痛い目を見るのもよし。「忘れ物」をどのように補えば良いのか出会うのもよし。本気でやりたいことに夢中になるのもよし。「忘れ物」に対して細かいこと言わずに「待つ」だけ。

【私の解釈】
子供であろうが、大人であろうが、「忘れ物」や「忘れること」はある。一種一芸のように、一つのことに全力を注げば、物理的に必要な物は絶対に忘れなくなる。忘れる・忘れないではなく、それが無いことには始まらないからである。これが、私のいう「目的意識」や「本気でやりたいこと」である。
それだけ、大事な物でもあるのだから、置く場所も同じになる。その結果、自然に整理整頓が可能になってくる。

しかし、私たちの生活は一種一芸とはいかない。あれも、これも、と、物理的にも、人間模様としてもやることがたくさんある。どんなに計画をたてても、その通りにいく確立の方が低い。1,2日目がうまく行っても、数日で「忘れ物」や「忘れること」はある。

人の本来の姿でもあり、許容範囲の中に含まれていなければいけない。

子供社会より大人社会の方がやる事、考える事が多いのだから、突然「忘れる」こともあるので、そんなに大きく捉える必要はないはずである。
ただし、大人のプライドをくすぐる考え方をすれば、深みにはまり苛立ち、焦り、思い出すのに時間がかかる。よく、忘れた頃に出てくることがある。これこそ、深みにはまり思い出せなくなった証拠でもある。
だから、どのように補うのか考えるように癖づけると良いのである。

【私の対策】
あるときから、私自身の「脳」の中にある先入観を変え、新しい考え方を癖づけた。

ある師(私が勝手に思っている人)の一言
『日本語の解釈を間違えれば、出てくる結果はおかしい結果が出てくる。結果は、ウソをつかない』

「忘れる」を指摘される光景を浮かべてみてください。このとき、一番、「忘れる」に執着している人は誰ですか。あなたではなく、相手ではないですか。あなたは、攻められることからの「防御」と「気遣い」の姿ではないですか。
日本語として「忘れる」があるのは、人と人の人間模様の仲介をする用語であり、中性詞ということになります。

本来、個人的に使う言葉ではなく、先人によって先入観を持ってしまった言葉である。個人でいえば、「関心が薄い・無い」「興味が薄い・無い」「強く意識し過ぎる」「集中力が高すぎる」ことなどの姿によって生まれているので、「忘れる」という姿とは違うはずです。

このように、考えるようになってから、目的を明確にすることができ、明確になったものから整理し、処理するようになりました。先にも述べたように一種一芸ではなくても、シンプルに同じ行動が取れるようになり置き方・やり方が徐々に安定してきました。
繰り返し続けることで少しずつ変化します。

また、このようなことにも気づきました。
「関心・興味」というのは、感情ですので「こころ」なのです。
「意識・集中力」というのは、処理された行動ですので「脳」なのです。

カテゴリー”うつ”の記事でもお伝えしているように、
「こころ」と「脳」の活動が偏らないことが健全・健康な活動を生み、信用・信頼の安定感のある姿を積み重ねるのです。

応援して頂けると有り難いのですが → 002     

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